日月(ひつ九)の巻

第十五帖

 目覚めたら其の日の生命お預りした事を神に感謝し、其の生命を神の御(み)心のままに弥(いや)栄に仕へまつる事に祈れよ。神は其の日其の時に何すべきかに就いて教へるぞ。明日の事に心使ふなよ。心は配れよ。取越苦労するなよ。心配りはせなならんぞ。何もかも神に任せよ。神の生命、神の肉体となりきれよ。何もかも捨てきらねばならんぞ。天地皆神のものぞ、天地皆己のものぞ。取違ひ致して呉れるなよ。幾ら戦してゐても天国ぞ、天国とは神国ぞ。神国の民となれば戦も有難いぞ。いきの生命いつも光り輝いてゐるぞ。神にまつろてくれと申してあろが。あめつち皆にまつろて呉れと申してあろがな。ここの道理よく判りたであろが。何も云ふ事ないぞ。神称へる辞(コト)が光透(コト)ぞ。あめつち称へる言(コト)が光透(コト)ぞ。草木の心になれと申してあろがな。神風もあるぞ。地獄の風もあるぞ。迷ふでないぞ、神の申すコトはコトであるぞ。コトに生きてくれよ。コトにまつろへよ。十一月の一日、ひつ九か三。


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まずは、はじめに失礼します。
戒律のある世界とは霊性が低い段階でございます。

つまり戒律を必要とする段階といふことでもございましょう。


恐縮ながら、そのような段階のものは、ひふみ神示を読んでも読まず、不遜傲慢に己に都合よく取り違い勘違いをしてしまい、大変に危険だと存じます。



それでは、当帖にも地獄という言葉がありますゆえ、今回は恐縮ながら地獄について打たせていただきます。


現在の世界を見れば分かるでしょう。

本来無き地獄をみずからが作り上げ、うれしうれしマコトに省みず改心もなく、その妄想が様々に固定化しているのです。


ですから、これを無くすことにより、本来無い地獄がなくなるということなのです。

誠に恐縮ながら、善だと思っていることが善ではなく、悪だと思っていることが悪ではなく、様々に地獄を作り出しているのでございます。


さらに低い地獄とは、臆病者どもが作り上げた妄想の世界ともいえるのではないでしょうか。

罪を犯し、それを直視することが恐くてできませんゆえ、別の本来ない妄想を作り上げ、そこに逃げ込みます。

この邪霊集団化したのが、現在まであった、いわゆる外道集団、カルトでございます。


妄想臆病者の集団ということです。

ここからも、御恩知らずであるということが分かるのではなないでしょうか。

簡単なことすらもうれしうれし守る事ができないのです。


このものらの連なりが、本来無い地獄をわざわざ作り出していたということでございます。

そして周りを巻き込んでおります。


地獄の想念は、地獄生みます。

これは人民の様々な地獄的想念が生み出したものでございます。



さらに、邪霊集団が跋扈しておりますゆえ、そのような意味におきましても祈り地獄となりませんように、恐縮ながらマコトにうれしうれし御改めくださいませ。




それでは、恐縮ながら曲がって世界を観ないようにするにはどうすればいいでしょうか?


まずは、霊肉掃除洗濯第一でございます。

悔い改めなければなりません。

省みて行ずるその祈り弥栄えまする。

霊肉うれしうれしの和合、自分と自分との和合。

霊主体従。


御五柱、御十柱をうれしうれし御建てくださいませ。

祝詞を神の息に合はしてうれしうれし宣(の)りくださいませ。

その当たり前の段階に、チに足をつけ、まずはマコトに至らなければなりません。



かむながらたまちはへませ いやさかましませ

御読みくださりありがとうございました。喜拝




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日月の巻 第十七帖

 ココニアマツカミ、モロモロノミコトモチテ、イザナギノミコト イザナミノミコトニ、コレノタダヨヘルクニ、ツクリカタメナセト、ノリゴチテ、アメノヌホコヲタマヒテ、コトヨサシタマイキ。
 神の国にも善と悪とあると申してあろがな。この神示見せてよい人と悪い人とあるのざぞ。神示見せて呉れるなよ。まことの神の臣民とわかりたら此の神示写してやりてくれよ。神示は出ませぬと申せよ。時節見るのざぞ。型してくれたのざからもう一(はじめ)の仕組よいぞ。此の神示 表に出すでないぞ。天明は蔭の御用と申してあろが。神示仕舞っておいてくれよ、一二三として聞かしてやって呉れよ。此の方の仕組 日に日に変るのざから、臣民わからなくなると申してあろが。日に日に烈しく変りて来るのざぞ。神の子には神示伝へてくれよ。神せけるぞ。渦海(うづうみ)の御用結構。十一月四日、一二


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当帖は日月の巻 第十七帖でございます。

『この神示見せてよい人と悪い人とあるのざぞ。神示見せて呉れるなよ。』

とございます。


「御神示を見せて悪い人」とは、どのようなモノでございましょうか。


そして何故見せてはならないのでしょうか。




一つの段階の解釈としまして、ハラ無しのバケモノは、御神示などを、マコト無くカギなく勝手に解釈を致します。

薄笑いを浮かべながら、分かったように振る舞い、多くの人民を苦しめることに使うでしょう。


この点につきましては、聖書におきましても同じでございます。

詳細は割愛致しますが、

しかも誠に恐縮ながら何千年経った現代まで、「はじめのイミ」すら分かっているヒトがいなかったのでございます。




御神示に戻りまするが、

結果、大勢の無知無明な大衆を勾引(かどわ)かし惑わし、多くの人々を苦しめることに悪用をしております。


何を打っているのかご理解すら出来ない御仁が、今の段階におきまして、よもやおられるならば、もうなにも知らぬ方が良いと存じまする。


心無くマコト無く、腐敗に満ちた組織犯罪蔓延った現代社会となっております。



臆病者キワマル邪霊泥棒集団は、様々な神典・神示を邪悪極まりなく、咀嚼すらせず「ごくりっ」とまる呑みをし、ただ己を騙すため、人民を騙すため、ただただ暴力といふ凶悪犯罪を行うためだけに使ってきました。


正直申しまして、このバケモノは狂いに狂っております。

粘着する悪霊そのものの性質も含めまして、手がつけられないと申される方々もおりましょう。

そのモノは、己が「狂いに狂っている」ことすら、認識出来ない程の状態と観ております。




さて、皆様、誠に恐縮ながら、「悪いびっくり箱」も序段にてあいておりますゆえ、そろそろ次の時節と存じます。

このサイトも次回あたり、御一方(御一柱)でも残っておられるならば、うれしうれしマコトの御力を、静かにお借りする方向となると存じております。

その節は何卒、宜しくお願い致します。



御読みくださりありがとうございました。喜拝

かむながらたまちはへませ いやさかましませ




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日月の巻 第二十帖

 神の用意は何もかも済んでゐると申してあろが。臣民の洗濯早よ致してくれよ。さらつの世の用意 早よしてくれよ。今度の世には四十九の御役、御仕事あるのざぞ。四十九の身魂と申してあろがな。神の申したこと次々と出て来ておろうがな。早よこの神示腹に入れよ。早よ知らしてくれよ、今迄の神示役員の腹に入る迄は暫く此の神示出ぬぞ。大切の時には知らすなれど、そのつもりでおりて呉れよ、ヌの種 大切にして下されよ。毒吐き出せよ。十一月の八日、ひつくのか三。


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数に拘(こだわ)ってはなりません。

日々うれしうれし潔斎をさせていただきハラで御読みくださいませ。拝


主に三つある一つの渦()海の御用といふコトでございます。

人はであり、神は

人とは神の用でございます。


数霊で申せば、四十九とは用であり渦海。

一を真中として、用とせよ()。

ゆえにマコトに五十()と鳴る(ナル)でございましょう。


色霊(イロタマ)で申さば松心といふコトでございます。


臣民の洗濯をしてくれよ。

という、うれしうれし潔斎に関する様々な御役であり御仕事、

つまり御用(働き)でございます。拝


掃除洗濯、うれしうれしの潔斎(を真中とし順を守り口心行を一致させたマコトのみそぎ祓)を御実践下さいませ。


かむながらたまちはへませ いやさかましませ

御読みくださりありがとうございました。




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日月の巻 第二十七帖

 神の国は生きてゐるのざぞ、国土おろがめよ、神の肉体ぞ。神のたまぞ。道は真直とばかり思ふなよ、曲って真直であるぞ、人の道は無理に真直につけたがるなれど曲ってゐるのが神の道ぞ。曲って真直ぐいのざぞ。人の道も同じであるぞ。足許から鳥立つぞ。愈々が近づいたぞ。世の元と申すものは泥の海でありたぞ。その泥から神が色々のもの一二三で、いぶきで生みたのぞ。人の智ではわからぬ事ざぞ。眼は丸いから丸く見えるのざぞ。この道理わかりたか。 一度はどろどろにこね廻さなならんのざぞ。臣民はどない申しても近慾ざから先見えんから慾ばかり申してゐるが、神は持ち切れない程の物与へてゐるでないか。幾ら貧乏だとて犬猫とは桁違ふがな。それで何不足申してゐるのか。まだまだ天地へ取上げるぞ。日々取上げてゐる事わからんか。神が大難を小難にして神々様御活動になってゐること眼に見せてもわからんか。天地でんぐり返るぞ。やがては富士晴れるぞ。富士は晴れたり日本晴れ。元の神の世にかへるぞ。日の巻終りて月の巻に移るぞ。愈々一二三が多くなるから、今までに出してゐた神示よく腹に入れておいてくれよ、知らせねばならず、知らしては仕組成就せず、臣民早よ洗濯して鏡に映る様にしてくれよ。今の世地獄とわかってゐるであろがな。今のやり方悪いとわかってゐるであろがな。神まつれと申すのぞ。外国には外国の神あると申してあろが。み戦さすすめて外国に行った時は、先づその国の神まつらねばならんぞ、まつるとはまつろふ事と申してあろが。鉄砲や智では悪くするばかりぞ。神先づまつれとくどう気つけてあるのは日本ばかりではないぞ。此の方の申すこと小さく取りては見当取れんと申してあろがな。三千世界の事ぞ。日本ばかりが可愛いのではないぞ、世界の臣民皆わが子ぞ。わけへだてないのざぞ。 この神示よみて聞かしてくれよ。読めば読むほどあかるくなるぞ。富士晴れるのざぞ。神の心晴れるのざぞ。あらたぬし世ぞ。十一月二十三日、一二


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当帖失礼致します。


日月の御民 御方々が、ご活躍されております。

もし、未だにご活躍が見えぬ者がおられるならば、世の様(さま)をお調べくださいませ。



今の世地獄とわかってゐるであろがな。今のやり方悪いとわかってゐるであろがな。神まつれと申すのぞ。


本来、地獄とは無きものでございます。

無き地獄、人が生み、鏡曇りに曇り、曲って写り、

曲がっては神のミコト聞こへん道理でございましょうに。


人そのものが地獄ともなっておりまする。


人間は罪の子ではありませぬ。

喜びの子であり御神の子でございましょうに。

神の子なればこそ、霊肉うれしうれしマコトに悔い改めくださいませ。


マコト御臣民の肉体、うれしうれし神の御宮となる時でございます。



かむながらたまちはへませ いやさかましませ

御読みくださりありがとうございました。喜拝



『取違ひ慢心一等恐いと申してあろが(夜明けの巻 第十三帖)』




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日月の巻 第三十四帖

 この神示よく読みてくれよ。早合点してはならんぞ。取違ひが一番怖いぞ。どうしたらお国の為になるのぞ、自分はどうしたら好いのぞと取次にきく人 沢山出て来るなれど、この神示読めば、どうしたらよいか判るのざぞ。その人相当にとれるのぞ。神示読んで読んで腹に入れてもう分らぬと云うことないのざぞ。分らねば神知らすと申してあろうがな。迷うのは神示読まぬからぞ。腹に入れておらぬからぞ。人が悪く思へたり、悪くうつるのは己が曇りてゐるからぞ。十一月二十九日、ひつ九のか三。


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『この神示よく読みてくれよ。』とございますが、「よく読む」にはどうしたらよいのでございましょうか。


ただ読めばいいのでございましょうか?


どのようにすれば『腹に入れる』ことができるのでございましょうか?


かむながらたまちはへませ いやさかましませ

御読みくださりありがとうございました。喜拝



この神示(ふで)よく読みて呉れよ、読めば読むほど何もかも分りて来るぞ、心とは神民の申す心でないぞ、身魂とは神民の申す身魂でないぞ、(上つ巻 第十四帖)




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日月の巻 第三十六帖

 今の臣民見て褒める様な事は皆奥知れてゐるぞ。之が善である、まことの遣方(やりかた)ぞと思ってゐる事九分九厘迄は皆悪のやり方ぞ。今の世のやり方、見れば判るで あらうが、上の番頭殿悪い政治すると思ってやってゐるのではないぞ。番頭殿を悪く申すでないぞ。よい政治しようと思ってやってゐるのぞ。よいと思ふ事に精出してゐるのざが、善だと思ふ事が善でなく、皆悪ざから、神の道が判らんから、身魂曇りてゐるから、臣民困る様な政治になるのぞ。まつりごとせなならんぞ。わからん事も神の申す通りすれば自分ではわからんこともよくなって行くのざぞ。悪と思ってゐることに善が沢山あるのざぞ。人裁くのは神裁くことざぞ。怖いから改心する様な事では、戦がどうなるかと申す様な事ではまことの民ではないぞ。世が愈々(一四一四)のとことんとなったから、今に大神様迄悪く申すもの出て来るぞ。産土様何んぞあるものかと、悪神ばかりぞと申す者沢山出てくるぞ。此の世始まってない時ざから我身我家が可愛い様では神の御用つとまらんぞ。神の御用すれば、道に従へば、我身我家は心配なくなると云ふ道理判らんか。何もかも結構な事に楽にしてやるのざから、心配せずに判らん事も素直に云ふ事聞いて呉れよ。子に嘘吐く親はないのざぞ。神界の事知らん臣民は色々と申して理屈の悪魔に囚はれて申すが、今度の愈々の仕組は臣民の知りた事ではないぞ。神界の神々様にも判らん仕組ざから、兎や角申さずと、神の神示腹に入れて身魂磨いて素直に聞いて呉れよ。それが第一等ざぞ。此の神示は世に出てゐる人では解けん。苦労に苦労したおちぶれた人で、苦労に負けぬ人で気狂いと云はれ、阿呆と謂はれても、神の道素直に聞く臣民でないと解けんぞ。解いてよく噛砕いて世に出てゐる人に知らしてやりて下されよ。苦労喜ぶ心より楽喜ぶ心高いぞ。十一月十九日、一二 。


――― ここから ――――


善だと思ふ事が善でなく、皆悪ざから、神の道が判らんから、身魂曇りてゐるから、臣民困る様な政治になるのぞ。


悪と思ってゐることに善が沢山あるのざぞ。


なにが善でナニが悪なのかがわかっておられない。

ということでございます。

つまり土台(神の道)すら判っていない。
神界の神々様にもわからない仕組だから人民は慢心せず学に囚われず素直に赤子心で、ひふみ神示を声を出してハラに入れて掃除、洗濯しなさい。


――― ここから関係帖 ――――


一八十の巻四帖(二四〇)



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