1666∞1999について


あるシナリオ(茶番)についてメモ的に打っておきます。

ご存知の方も多いと存じますが、過去下記のような流れがございました(災いの根幹だと存じます)。

恐縮ながら、このような情報も知ってくだされば世の流れが観得て来ると存じます。

少しでも何かの参考になれば幸いでございます。拝


1666年と1999年において人々が騒ぎました。

勿論、いつの時代もメディア等を使ってでございますが。

1666は日本でいえば江戸時代。

二つの異なる年代の“意味”は下記でございます。


1)「メシア」が到来した時(前後)に終末が訪れる。1666↓

2)「終末」が訪れる時(前後)にメシアが到来する。1999↑


1666 → ←1999

数字的に見ても漫画のような歴史。

実際あったのだから仕方ございません(このように何時の時代も“数字に意味を見出す”のでございます、数とはメッセージという認識があるのです)。


ここ(九九)から学んでいただきたく存じます。

この二つの出来事は“外的なミセカケの流れ”であることに気付いていただきたい。

肝心要の内的(真中)が抜けていることにお気づきか(人々に内実がないと打っています、恐縮ながら依存的に他に救いを求めるのみで実践がない)。

ゆえにマヌケとなるのです(肝心要の真中ヽが無い)。


一体になぜ終末論等があるのでしょうか。

上記にございますように肝心要をおそろかにし(口では信仰してると云いつつ立派な事を言うがまるで人々に内実が無い。人としての基本・基礎すら実践してない)、神心を置き去りとしているのにも関わらず“メシアを待望している”のか。

なぜ人々は祈りを知らず内実が無いのにも関わらず切望(そのように思わされている事も含め)しているのでしょうか。

一般に聖書と呼ばれているものにその答えがございます。旧約(現在の云われているイスラエルはこれをモトにしている。聖書、タムルード、ゾハール)、新約聖書をどのような理由(解釈)にしろ信奉しているのでございます。



では聖書を信奉している人々の間で何故過去“このような事(1666、1999)”が起こったかを観れば少しはナニが問題なのか、ナニが世を乱しているのか?等も含め考察できるのではないでしょうか。

そして、そのコトを知らなければならないと存じます(この意味を知っておられると思いますが、今のままでは様々に“罪を着させ過去の御経綸<1666と1999>の意味が開かない”ために打たせていただきます)。


またこのコトも初めに打っておきますが、『罪を犯すことによって罪から贖罪する』といふ発想そのものが傲慢であり慢心なのです(そのような心根は結果悪事を働く口実<言い訳>であり、肉のみに囚われ外れ、神心がまったくない。狂信者というよりも神を信じる前より、人からも外れた狂人・外道でございましょう)。


恐縮ながら、どのように実践すれば『神と一体とさせていただけるのか』等は、もうすでに当サイトに打ってございます。

何事も複雑ではなくいたって簡単であり、この世で天国でいられない者”があの世で天国でいられるはずもないのです(このような簡単明解な事も心根が治っておられないならば理解すらさせていただけないのです)。

騙し、殺し、嘘、偽りをしたモノ、“神を赤子心で真剣に求め知ろう”とシナイ者があの世で天国にいられるはずもない。この世での心は“平安なく”地獄、獣なのですから。ゆえにひとひも早く『改心、改善をしこの世でも天国にしなさい』とくどくど打たせていただいているのでございます。拝



つまり現在まで“真理(マコト)”を知らなかったといふコトでございましょう(祈りすら何たるやも知らず耳を塞ぎ、人としての基本・基礎の実践が自他ともにどれほど『本当の祈り』にとって大切なのかも知らないほど暗いのですから)。


恐縮ながら、現在の世の有り様からも“神を知らなかった”という証明ではございませんか(観て御覧なさい今の世界を)。


つまり『行為、行動』から内実が透けてみえるのです。

『我々は神を知らないのだ』と全世界、三千世界に公言しているようなものなのです。


それでは恐縮ながら資料を御覧ください。拝




・まずは1666年について

ジャバタイ・ツヴァを知らなくてはなりません。

(フランク派、近年ではG・ショーレム等々も含め)

下記資料ではメシアの到来の希求と偽メシアについてでございますが、これ(1666年)もある意味“型(カタ)”なのでございます。

ですから、そのような意味でも彼に罪を着せてはなりません(カバリスト等が弾圧されるキッカケと云われております。そしてカルト団体がこれらの歴史すらも改竄、利用してきた)。



<資料引用ここから>

「メシアの到来は「シュミットト」

つまり宇宙的周期の終わりを告げる。

そのとき義人の霊だけが集められて

「かの聖なる国」つまり「ベリアー」に入る。

この図では、エリアがメシアを先導して天上の国に入ろうとしている。

カバリストにとって、メシアは永遠である。

彼は過去、現在、未来を問わず、

つねに存在する。

彼が歴史に現れることは、

万人がこの完全なアダムの中に、肉をまとった「神」の反映を見なければならない時を意味する。」

(エルサレムへのメシア入場。ハッガダーより。ドイツ1753年)

<引用ここまで>



<資料引用ここから>

メシアの再来はユダヤの歴史の中でつねに追求されてきた理念である。

そして時を距てて、時代が通過するつど、その到来が待望された。

伝統によれば、このような時期は定めによって預言されているという。


多くの偽メシアがこのような時代に現れては消えた。

偽メシアとはカリスマ的魔力と神秘的知識をもった人々である。

最近の顕著な例が、十七世紀に登場したジャバタイ・ツヴァである。

彼は幾万という信者を獲得した。だが彼がイスラム教に改宗を余儀なくされたとき、

彼の信用は失墜したばかりではなく、

成熟した、敬虔な学識ある人々に対して、カバラの研究を禁止するラビの法令が、

打ち出されることになった。

(あるイギリス貴族の著「偽メシアより」。十八世紀)

<引用ここまで>



そして当時の時代背景、東欧でユダヤ人大虐殺(ポグロム)等があり。(コサックの反乱等々。1666年といふ数等の意味付けも含め黙示録的艱難と解釈し→メシア到来の機運)

このような動きも背景にございました。


<資料引用ここから>

魔女狩りの最盛期(1567-1640年)

「たとえば17世紀はガリレオ・ガリレイ(1564-1642年)、ルネ・デカルト(1596-1650)、あるいはアイザック・ニュートン(1643-1727年)など近代的な知性の持ち主たちが次々と登場し、出版物によって人々の意識を変えた時代であったため、前近代的な魔女狩りが一気に衰退したという説明がされることがある。」

<引用ここまで>



調べていけば興味深い事が次々と出てきます。
秘密結社等々ございますが割愛し、

なぜ魔女狩りが行われたのでしょうか(通常知られている歴史観的意味ではないと打っています)。


そして「サラ」という名前と1666年の「終末思想」がなぜ起きたのか?

(シャバタイとサラの関係等についてはお調べください)


サラの意味について、ひとつは下記をご覧ください。



<引用ここから>

17:15 神はまたアブラハムに言われた、「あなたの妻サライは、もはや名をサライといわず、名をサラと言いなさい。

(中略)

17:21 しかしわたしは来年の今ごろサラがあなたに産むイサクと、わたしの契約を立てるであろう」。

(中略)

18:32 アブラハムは言った、「わが主よ、どうかお怒りにならぬよう。わたしはいま一度申します、もしそこに十人いたら」。主は言われた、「わたしはその十人のために滅ぼさないであろう」。

(創世記)


51:2 あなたがたの父アブラハムと、あなたがたを産んだサラとを思いみよ。わたしは彼をただひとりであったときに召し、彼を祝福して、その子孫を増し加えた。

(イザヤ記)


9:9 約束の言葉はこうである。「来年の今ごろ、わたしはまた来る。そして、サラに男子が与えられるであろう」。

(ローマ人への手紙)

<引用ここまで>


といふ漫画のような動き(様々な要素要因が重なり)が過去実際に起こった出来事(1666)なのでございます(因みに日本語で逆さまにしたらなんと読めますか)。




数について見ていきましょう(あるやり方で数を出します。数には意味が込められているのです)。


「メシア」が到来した時(前後)に終末が訪れる。1666↓

1+6+6+6 → 19 →10 → 1

「終末」が訪れるトキ(前後)にメシアが到来する。1999↑

1+9+9+9 → 28 → 10 → 1


この数字は偶然ではなく、意図されているものとしても結果この数字が羅列しているのです。

近年、大アルカナで“ワザワザ示唆している”人災もございます

このように“同じような事”が“過去二回も”あったのですから、同じコトを繰り返さない意味におきましても、とても参考になると存じます。


1999も含め新興宗教が、その前後で凶悪な事件が頻発(歴史に習う)、それを利用し様々な法案(悪法)が施行されました。



つまりこの二つから“外的な動き(人間心で意図して起こしても意味はなく、各々が“内実を整える順序”が必要といふ事)”では意味がないという事を示唆しているのです(まさかの神の御経綸の一つ)。

肝心要な真中が“過去二つとも”無かった事を知っていただきたく存じます
(はたして当方がナニを打たせていただいているのか分かるでしょうか?外に意識を向けるのではなく、このような出来事から内実を高める実践が肝要だといふコトにそろそろ気付いていただきたく存じます)


このような情報を知り得たせっかくの機会でございます。
よくよくハラに入れていただきたく存じます。拝



この祈りも知らず内実無いカタチのみの無茶苦茶な動きが、今も裏で動いて世を霊肉乱し苦しめているのでございます(下記@A参照下さい)。

その前にくどくど失礼。神の深遠なる御経綸とは近目で分かるものでは到底なく、浅はかな人が慢心、傲慢により意図的にするものではございません。

(何千年の御経綸なのでございます。ゆえに有限なる肉のみに囚われている感性でわかるはずもないでありましょう。さらに現在までの人たちは人としての基本・基礎もないのでございますから)



1)預言に沿ったメシアを出現させようとする人たち(また偽メシア出現させる)


上記の茶番に関わる人たちの様々な思惑がございます。

現在は“過去から学ぶこともなく(上記1666と1999から教えていただけるでしょう)”意味も理解できず、肝心要(内実)がないままに”メシアを出現させるといふコトのみ等々という“妄想(思い込み、正当化の理由付け、おもいあがり)”のために多くの人々を巻き込み、生き物を苦しめ殺してきました(『記紀』で云うところのカタチのみの“偽の磐戸開き”でございましょう)。

人為的”破滅を起こし出現させるという間違った妄想。(解釈を土台なく悪用し人としての『殺さずの』基本さえ守れないのですから神ではない悪霊等に取り憑かれている。または知ってて利用しようとしている<外道>がそれも結局魔にまんまと憑かれている証拠なのです。内実がまるで無いではないですか、これこそが偶像崇拝でございましょう)


それには敵対する偽メシア(反キリスト)も出現させないとならない。

(世界中に怪しげな人が出現し、UFO等々流布し<これはまずは人々の“ハラ”の問題なのです)>、日本においても某新興宗教は自分はメシア等だと公言し我々を苦しめてきました)

<追記ここから>
分かっておられると存じますが念のために追記で打っておきます・・・十戒(十善)と逆の行為、行動を起こさせるシステムや911等からわかりますように、もう既に現れている(いた)のです(ゆえにあのような無茶苦茶な茶番をしてきた、神を冒涜し穢し罪を着させているでしょう。そのような者がいたから殺戮があったのです、いなければ起こっておりますまい、現在はそれをカモフラージュ<隠蔽、隠す>するためにさらに他に罪を着させようとしていたのです)。
<追記ここまで>



2)これを利用している人たち(悪の外道)

神は信じておらず悪魔(バアル)信仰をし、神をなきものとしようとする人たち。(本人たちは神を信じていると未だに信じている人たちさえいます。十戒も守ってないのですからその行為、行動からわかるでしょう)

この団体が意図して、メシア(神、神々)となるために、

自作自演をし“敵対する反キリスト”を作ろう(人為的に)ともしてきました(唯物論的な思想を信じ込ますよう洗脳する騙しのヒーローも作ろうと画策してきた)。

(“信仰の深い人たち(ユダヤの仲間たち)”の嘆き(悲願)のシナリオを自己に都合よく利用の“利用”)



もしこの心無き(神なき)をするならばカネ“等”、暴力、謀略による世界支配となる。

その結果神、地球を裏切り、過去の御柱も裏切ること(御恩知らず)になるのです。




その各々の顛末、帰結は主に3つと存じます


1)ユダヤ民族統一(『アメの巻 第一帖』等参照。“ゆえに”日本が重要な国。“真”たる日本(神)を選ぶのか、それともいまだに改心せず神を裏切り“偽(バアル)”をとるのか)

(騙しで行うならばマコトの神なく騙しの結果しかもたらさないでしょう)


2)肉による偽の神(ケモノがツクッタ偽神々、人王)等による世界国家(結局、神からはずれた肉慾本位<唯物論的>の一部の白人至上主義やケモノに選ばれた人たちによるバアル国家。その裏には聖書の預言を勝手に解釈し人の傲慢により行う自作自演。待つのは大難となり破滅でございます)

目に見える奇跡”を起こさせ人々を騙す茶番もございます。(外的、物質的奇跡を起こしたところで、各々のミタマに原因があるのですから救われることはありません、ゆえに1666と1999の型で教えていただいているのです(漫画のような数字でございますが)

これ(霊のみ、肉のみ)に日本、世界が未だに騙されている(どちらの流れも裏は拝金教、悪魔、獣がいるのです)。

(現在はあらゆる意味で人と獣が分かれております)


3)神ノ深遠ナル御経綸(ゆえに人には分かりません)



何卒、過去の御経綸から学び実践していただきたく存じます。拝


この主内容は“去年打った”のであるが、結局はあなたたちは未だに“肉<ワレヨシ>に囚われ、真実、愛なく肉体のみ帰結している”とハラから“知って”いただきたい。

どれだけの人、生き物たち(霊肉)が犠牲となったか。



よくよくハラで考えていただきたい“宗教とは神、霊(つまり倫理・道徳の実践)”である。

霊あり肉がある(順序、霊主体従)。

つまり内的なことでありますから、内的成長が必要なのでございます。(内的柱)

外でいくら肉を滅ぼしても救われることはありません。

それで世がどうなったか。


逆に神から遠くなり外れる。(的外れ)


宗教とは“肉(物質)”を説いているのではないのです。

(聖書も“内的なコト(基の教えは霊肉ともに大切)”を説いているのです。)


内的な清い発現が外的に作用をするのです。

霊からの発現が肉に作用をする。

真中なく霊がケガレているから、肉がさらにケガレるのです。

ゆえに“キ”がなくケガレた世となっている。

心のケガレを清める事によりこの世(四)が天国となるのです。

道理でありましょう。


あなたたちは、なにを一体今まで学んできたのか。

(つまりここからも“本当の神を知らず”、このような争いを起こす観念的な偽宗教であったといふ証明にもなるのです)



御読みくださりありがとうございました。拝

下記に気になった文献についておいて置きます。





――― ここから次 ――――



日本とユダヤ 謎の三千年史 原典日ユ同祖論

高橋良典 編著



<引用ここから>

『世界の未来は進むだけ進み、

その間、幾度か争いは繰り返されて、

最後の戦いに疲れる時がくる。

その時、人類はまことの平和を求めて、

世界的な盟主をあげねばならない。

この世界の盟主なるものは、

武力や金力ではなく、

あらゆる国の歴史を抜き超えた、

最も古く、また尊い家柄でなくてはならぬ。

世界の文化はアジアに始まって、アジアに帰る。

それはアジアの高峰、日本に立ち戻らねばならない。

吾々は神に感謝する、

吾々に日本という、

尊い国を作って置いてくれたことを……。』

(A・アインシュタイン)


(中略)


 本書は一八七五年(明治八年)に長崎の“日の出”書房から出版された日ユ同祖論の最初の古典『日本古代史の縮図』(Epitome of Japanese Ancient History by N. McLeod)を百年ぶりに翻訳紹介したものである。

 日本人とユダヤ人がともにヘブライ民族の子孫であること、日本の天皇家の歴史が古代イスラエル王家の歴史を継承したものであることを初めて唱えた本書は、一九〇一年にニューヨーク版『ユダヤ大百科事典』に取り上げられて以来、アインシュタインやグリンバーグといったユダヤの学者、ラビに注目され、一九七五年のトケイヤーの本や一九八〇年の佐伯好朗博士の論文や、一九二九年の小谷全一郎博士の著書などを通じて、間接的に知られていたが、その仮説の全貌が紹介されるのは今回が初めてである。

(中略)

・日本の神道はイスラエルの神の道である
 いわゆる神道の神社、のちの時代に汚された神殿は、イェルサレムの神殿のように香柏(杉・桧)で建てられている。多くは十二本の柱で支えられているが、十本のものもある。最古の神殿は屋根も香柏で葺かれていた(註:列王紀第六章の記述によれば、ソロモン王が建てた主の宮は(中略)日本の桧に似たすがすがしい香りを放つレバノン杉で造られたことがわかる。(以下略)

(一九八七年十月二十七日)

<引用ここまで>




最近読んだ本で気になる内容があるため打っておく。


(当内容は追記情報を含め改変し後日、関係情報に改めて載せさせていただくかもしれない。*少しタマのイミについて追記をさせていただいた)



『日本とユダヤ 謎の三千年史 原典日ユ同祖論』


その前にまずユダヤとは白人のこと(だけ)ではない。



よくよく観念に囚われずに考えていただきたい。

アブラハムはなに人であっただろうか。

(追記:当内容を打った後に同じ内容の本を読ませていただいた。つまり茲でも二つが一致するのである。ここにその情報を置いておく。『ロスチャイルドの密謀 ジョン・コールマン著』を参照されたし。“当内容に該当する箇所”だけまずは読んでいただきたい)


念のためにコト細かく、くどくど打たせていただく。
日月神示にもキチンとこのようにある『三千年の夜は明けて、人、神、となる秋(とき)は来にけり。日月(一二)大神、キリスト大神、シャカ大神、マホメット大神、黒住大神、天理大神、金光大神、大本大神、老子大神、孔子大神、総て十柱の大神は、光の大神として斎き祀り結構致しくれよ(ソラの巻第十四帖 四六九)』


イエス様、世尊、ムハマンド様、老子様、孔子様は一体なに人だろうか(またよく知られている泰氏の流れからも世界の人々はすでに日本を“知っている”。ここからも“中国の動き”が見えるのである)。

紙の発明やアラブの歴史(科学。過去の功績等はお調べください)にしてもこれらの文明から世界中に発信された。


またイスラには12支族がおり、“正統血統による支族”とその後の“信仰、改宗による人たち”に分かれる『スファラド系、アシュケナーズ系等々』。ここの認識をイマダニ利用されていると存じる



このような内容もわざわざある(上記内容をおさえてからお読みいただきたい)。


『肉体をもって出現されたとき、イエス・キリストは金髪碧眼のガラリアの住人として、ヨセフとマリアからお生まれになった。(「衝撃のユダヤ5000年の秘密」ユースタス・マリンズ(95頁)』


金髪碧眼でなくてはならないのか?

(西洋の方の最近の本、1999年前後に出された本はこのような記述が多々ある。なぜ今このような記述が暴露本等で見られるのか?*念のために打っておくが執筆している人たちに届く情報が善意ある人たちからだけとは限らない)

なぜイエス様を金髪碧眼の白人であるとしたいのか?(人々は外見、肉の色形でイエス様を信仰したのか?外面で信仰しているのか?と打っている)


またこの本文中後(「衝撃のユダヤ5000年の秘密」)解説においてこのような事が追記されていた。


<引用ここから>

 マリンズは、現在ユダヤ(タルムード、カバラ)教徒として現れている人びとは、実はセム人の子孫ではなくて、カナン人の系統であることを突き止めた、という。

<引用ここまで>


太田氏(訳)により『現在ユダヤ(タルムード、カバラ)教徒として現れている人びとは、じつはセム人ではなかった』と最後に加えて解説されてる。読んでいる人たちは誤解(解説を読まない人たちもいるかもしれない)をしたまま「ユダヤ怖い、残虐、この民族(現イスラエルの人々)がいたらなにをされるかわからない」等々になってしまう(しかも“セム系”に誤解を与えたままになってしまう。文脈の流れが分かっていただけると存じるが、どういう意味かわからない人がおられるならば恐縮ながら調べていただきたく存じる。つまり追記で紹介した二冊共ある意味で同じ事を書いているということです)。

またカナン人とするならばさらに悪いレッテルを貼り罪を着せる事になる(世界もそうだが一部の心ない人たちに扇動されているだけなのである)。


それにより現イスラエルの心ある国民にまで悪意を読者がうけることになってしまう(この流れが歴史に習えば危険なのである。5000年前のことなど“今の人たち”にわかるはずもないではないか。そのような情報がなぜ近年わざわざ出てきたのか?どのような意図ででてきたのか?またどこからその情報はきたのか?と考えていだきたい

イスラエルにも“神心に適う神の民”がたくさんいるのである。

(マリンズ氏の『医療殺戮』『世界権力の構造の秘密』等は最近読ませていただいたが勉強になると存じる)


ここに追記しておく。



偽書もたくさんある(時間が1001000年経つと偽書でも本物となることもあるのである)。

200年の前のこともわからない我々が2000年前の事がわかるといふのか?

しかも現代は土台なく、情報操作はされ、それを戦争等にも使うほどの乱れた世であり、神を裏切っている時代である(日本をみてもおわかりだろう)。


9割の正しい情報にひとつの誘導したい情報を入れる(混入させられる)ことにより真実だと錯覚させることができるのである。

(これについては過去打っているので参照されたし

引用した方の書物は現在三冊(090123時点)読まさせて戴いている。

(“ゆえに貴重な情報もある”と存じる)

道理に基づいてサニワしていただきたい。


当方がなぜこのような情報をわざわざ打っているのか。

下記をお読みになれば得心なさると存じる。

さてさて人種、民族意識も刺激されることであろう。


我々は外見で物事を判断するように教育(洗脳)されてきた(人種、民族等々、わざわざ優劣意識等々)。


ナニ人であろうと、どの民族であろうが外見がいくら輝いていても、我々が救われることはない。

(それでどうなっただろうか?)


よくよくハラで分かっていただきたい。

黒色人、白色人、黄色人だろうと関係ないのである。

心の問題なのである。


肉の色ではなくタマ(心、魂)の色が大切なのである。




権力基盤を神話等と絡めることにより人々に信仰に近い観念をより与える事になる。

権力者は特別、優越意識(おもいあがり)に浸れ、人々は王家王族等々の意識により服従を強いられるという仕組である(生まれた時から尊敬され服従させるシステムが欲しいのである)。


『我々は選ばれた人種なのである』


これが聞きなれたフレーズであろう。

に、より多くの人たち、生き物が苦しめられ殺されてきた。

神に選ばれたのではなく“人、生き物を騙し殺しそれにより多くカネを稼いだ心根の人たち”だといふことなのである。

(現在はカネにより階級を得るという仕組なのである。ゆえに権力基盤を維持したいがゆえにカネに囚われているのである。裏返せばそのようなメグリあるカネがなくなれば権力基盤、構造はなくなるというコトである)


つまりこれらも外的な心の働きであることを認識していただきたい(とても重要)。


自己顕示欲等(何様化)、肉体等が中心(外的な心の働き)であり、“神(心)が中心ではない”ではないか。


ここからも何を“思考、行動の中心”としていたのかが透けて観えるのである。


もう一度問ふが、

『何を思考、行動の中心としているのであろうか?』



現在は選民思想(おもに白人至上主義を維持するための情報)を利用する多くの“情報(宇宙人等々も含め)”を流してきたようだが、それで我々世界市民は良くなるのだろうか?混乱を起こされ争わされる苦しみがなくなるとでもいうふのか?調和するのであろうか?



今回追記した上記紹介させていただいた本(ロスチャイルドの密謀)を読んでくだされば得心なさると存じるが、今知られているもので簡単な例をあげるならば“アブラハム様とはなに人”であったのだろうか、イエス様、ムハマンド様しかり孔子様、老子様は?またよくよく基本に立ち返るならば“神の民である支族”が神様との“約束を反故し未だに破り”、人、生き物騙し殺し苦しめそれを快楽<カネ等>に変換し続けられる“性根を持つ民族だろうか?



ゆえに本来の性根に立ち“帰り”ひとひも早く神心(ほつこんの改心)となっていただきたい。


神心でないから改善しないのであるから


ワレヨシ、慾等を刺激され未だに騙され天にツバし神を裏切っているという証明である 。


キチンと“それぞれの意味”を分け認識していただきたい




分かっておられる存じますが(くどくどと“幾つか”打たせていただく)

肉的(肉体)ではなく霊的に適うのが神の民族であ

タマ(霊、魂、内実)の色がなにより大切。

黄色人、黒色人、白色人とは外的な目でしか確認できない表面的な“肉の色”である(どの人種も素晴らしいのである)。


いくら外見的(肉)に美しくとも殺人鬼ならば人々はおろか動物たちも近づかないだろう(近づけない)。

しかも調和、環境も破壊するならばどうであろうか。


当たり前を恐縮であるが、ゆえに“肉の色で我々が救われるのではなく

タマの色が何より肝心要なのである(根幹)。

心あるから心ある行動をする”のであろうに。

(心ないから心ない行動をするのである)


それを磨きふんだんに高めるマコトの調和調停の民が大和の民であり、神の民、世界市民だと知っていただきたい。



強制誘導するワンワールドとやらについて

何事かと意図し起こさせ、世界の人々に“一つの言語、人種、宗教を強制し”ヒトツにするという考え、思想、発想が傲慢、慢心でありマコトの調和、繁栄をわかってはいないという事なのである(我々はそんなものは望んではいない。このような情報も置いておく、過去ある意図により多くの日本人女性等が奴隷として海外へ売られた)。


それをするという事はどのようなコト(悲劇、殺戮等)をウミダシ世界市民を苦しめ強いなければならないのか?



そのような誰でも分かる初歩の初歩、基本の基本の当たり前、人本来の心の動きをそろそろ取り戻していただきたい。


人種、宗教、文化、言語を強制的にひとつにすることは世界平和ではなく霊的メグリ、退行をウミ、争いをますます起こさせる』ということを打っておく(人々の心を合わせ和することが大切)。

霊的順序を守り真中をマコトの神(心、歓喜、愛)とするならば、自然にそれぞれの色(人種、言語、宗教、文化我々は尊重し交流し合うのである。


よくよく認識していただきたい。

現在の地球の問題とは“外的な肉の形、色ではなく、内的な心の形、色である。慾の浄化なのである”。



一つ二つ三つ(マコトの磐戸開き) 

騙し殺し二枚舌でイワトを無理に開くから騙し殺し二枚舌の結果しかでないのである。


今がそうであろう。(同胞が騙され未だに苦しんでいるので打っておく)


ゆえに陰謀、戦いが未だにあり神(歓喜、調和)がおらず離れ裏切り、周辺国には怨まれ、霊的な悪業を積み積み疲れるばかりなのである(霊的に泥海ならばそれが物質的に反映される。その前に改心をしていただきたい) 。



ゆえにここからも騙しが一切ないマコトでなければ、うれしうれしとはならないコトをわかっていただきたい(騙しがあるから騙しとなる。当たり前であろうが)。


これが“道理”ある。


ひとひも早く神心に立ちかえり心からのほつこんの改心を望む。



捧げ建て祀るのは“自分の霊的柱”

ゆえに人とは神の子であり入れ物なのである(*霊的には“順序、段階”がある)。



機会があれば打たせていただくが、日本とは神の尊い深遠なる御経綸により隠されてきたス(基)である。

同じ神の子でありながら神の臣民の肩持つとは公平でないと申す者あるな れど、それは昔からの深い経綸であるから臣民には会得(わから)んことであるぞ、一に一足す二でないと申してあろが、何事も神の国から神の臣からぞ、洗濯 も同様ぞ。(日の出の巻二十帖)』


ゆえに小国であるが世界に名足る先進国でもあろう。

様々な神心に適う発明等々により世界市民の暮らしを助けさせていただく民族なのである。

(神様のお手伝いをさせていだたける民が大和の民であり世界市民なのである)

現在は幽国が入れないところまで入り込み土台さえ蹂躙され壊されてはゐるが。




長くなったがここからが本文。
それでは気になった箇所を打っておく。


<引用ここまで>

本書は一八七五年(明治八年)に長崎の“日の出”書房から出版された日ユ同祖論の最初の古典『日本古代史の縮図』(Epitome of Japanese Ancient History by N. McLeod)を百年ぶりに翻訳紹介したものである。

<引用ここまで>


という内容の本である。

それに高橋良典氏が加筆していると思われる。



<引用ここから>

172

古代人の信仰の中にオシラさみや馬頭神が現れる頃から“神の光”は“黄金(666)の光”に変質していったと考えられる。このような変化は、今からおよそ三千年前、イスラエル王ソロモンがレオンの丘に神の宮処(みやこ)を建てた頃からすでに始まっていたといえるかも知れない。詳しくは『諸世紀の秘密』四六頁参照)。

<引用ここまで>

日本とユダヤ 謎の三千年史 1987121日発行より”



高橋良典氏『世界大予言年表・諸世紀の秘密 自由国民出版A5判・三一五頁・定価一五〇〇円』参照とあるため氏のコメント?と思われる。

この本は素晴らしい内容であるが、その中に“日本に呪い”等々おかしな内容が多々ちりばめられている。

氏の云ふ黄金の光とは“カネ中心の心ない人々(獣)”をさしているならば子供でもわかりやすい。

(*カネが悪いのではなく、それを運用する人たちの土台がケモノとなっているから、カネも悪くみられている。すべては人心を捨てた外道、ケモノたちの人災なのである)



ゆえに、そのような神心に適わない箇所、部分をとっぱらって機会があるならば見ていただきたい。

(日本とユダヤの共通性についてはとても重要。ただ基はこの日本国であります。ひふみにもございますが何千年の話ではない)



また原本は“100年以上前に書かれた内容”を基にしているらしいが、今の日本の変遷に合わせて観ていただきたい。

太平洋戦争より戦後63年。

あまりにもこの内容に“意図して一致しており”出来過ぎている。

日本に悪を着せさせるという流れといいましょうか。

この日本を霊的にもワザワザケガシテきたのは誰(どこの団体)であろうか?


ここはちきんと打っておくが(当たり前の事を恐縮)、黄金の光とは“666”であろうはずもない。

一体どのような解釈、意味でこの数字を使ったのか分からぬが、この本のみを読むならば誤解を与えるであろう。

ゆえに打っておく。

聖書の獣の数字は“人間をさす数字”であり“光”ではない(参照あれ)。



<引用ここから>

13:18 ここに、知恵が必要である。思慮のある者は、獣の数字を解くがよい。その数字とは、人間をさすものである。そして、その数字は六百六十六である。(ヨハネの黙示録)

<引用ここまで>



黄金の光”はひふみに関係する“重要な意味”を持つ言葉なのであえて打っておく。

(太陽(オオヒ)の光でもある)


また過去日本は『黄金の国ジパング』とも称されていた。

ゆえにこの国に災いするくだらない稚拙なレッテル(ハルナの御用)も含め取っておく。

日本国は現在“平和憲法九条、二五条等”があり武力を持たないことが明記されている神の御心に適う精神を持っている稀有な“神心ある国”である



<抜粋ここから>

第九条  日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。

 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。

<ここまで>



心無い人たちが司法含め一体となり、国民を裏切り憲法を犯している。


また神の国といふのは“人の苦しみを喜びにワザワザ変換できる獣国ではない”そのような獣が“神”であろうはずもなく、人ですらあることもない。

(人の良心さえも捨てさらに外れ、人としての基本がないものが人としての基本がある行為、行動ができるはずもないではないか。基本がないのだから神から遠く外れていることが子供でもわかるであろうに)


この初歩の初歩すら魔(ワレヨシ、獣)に犯され理解すらできないのが今の日本、世界の現状なのである。


このことがひふみ神示の『九分九分九厘が悪』であるということなのである。

未だに内実を観ることもできず、しかも気候変動(人為的)の意味する尊い仕組すらもわかってないくらい(暗い)なのである。


様々なメモでしたが御読みくださりありがとうございました(乱文等失礼)。拝





8:11 エフライムは多くの祭壇を造って罪を犯したゆえ、これは彼には罪を犯すための祭壇となった。

8:12 わたしは彼のために、あまたの律法を書きしるしたが、これはかえって怪しい物のように思われた。

8:13 彼らは犠牲を好み、肉をささげてこれを食べる。しかし主はこれを喜ばれない。今、彼らの不義を覚え、彼らの罪を罰せられる。彼らはエジプトに帰る。(ホセア書)


9:17 彼らは聞き従わないので、わが神はこれを捨てられる。彼らはもろもろの国民のうちに、さすらい人となる。


10:15 イスラエルの家よ、あなたがたの大いなる悪のゆえに、このように、あなたがたにも行われ、イスラエルの王は、あらしの中に全く滅ぼされる。


11:2 わたしが呼ばわるにしたがって、彼らはいよいよわたしから遠ざかり、もろもろのバアルに犠牲をささげ、刻んだ像に香をたいた。


11:12 エフライムは偽りをもって、わたしを囲み、イスラエルの家は欺きをもって、わたしを囲んだ。しかしユダはなお神に知られ、聖なる者に向かって真実である。


12:7 商人はその手に偽りのはかりを持ち、しえたげることを好む。

12:8 エフライムは言った、「まことにわたしは富める者となった。わたしは自分ために財宝を得た」と。しかし彼のすべての富もその犯した罪をつぐなうことはできない。



14:1 イスラエルよ、あなたの神、主に帰れ。あなたは自分の不義によって、つまずいたからだ。

14:2 あなたがたは言葉を携えて、主に帰って言え、「不義はことごとくゆるして、よきものを受けいれてください。わたしたちは自分のくちびるの実をささげます。

14:3 アッスリヤはわたしたちを助けず、わたしたちは馬に乗りません。わたしたちはもはや自分たちの手のわざに向かって『われわれの神』とは言いません。みなしごはあなたによって、あわれみを得るでしょう」。



14:8 エフライムよ、わたしは偶像となんの係わりがあろうか。あなたに答え、あなたを顧みる者はわたしである。わたしは緑のいとすぎのようだ。あなたはわたしから実を得る。

14:9 知恵のある者はだれか。その人にこれらのことを悟らせよ。悟りある者はだれか。その人にこれらのことを知らせよ。主の道は直く、正しき者はこれを歩む。しかし罪びとはこれにつまずく。



1:7 しかし、わたしはユダの家をあわれみ、その神、主によってこれを救う。わたしは弓、つるぎ、戦争、馬および騎兵によって救うのではない」と。



――― ここまで ――――