食べ物について
当御用をうれしうれし達成するには、四ツ足の肉より、どれだけ植物性の安心・安全・安価な美味しい次の食べ物を作り出せるか。だと存じます。
山の幸、海川の幸を食してきた日本文化よりも、残念ながら四ツ足を食わせる流れ(ガイコク食)が現在ございます。 大泥棒(邪霊)集団に乗っ取られているメディアも追随し、その段階には至っていません。 人々に押し付け強要する事なく、無理のないカイ之御用(ハイキ・食べ残しも含めまして)等が広がる事を願います。
ひふみ神示には、
『四ツ足を食ってはならん、共喰となるぞ、草木から動物生れると申してあろう、神民の食物は五穀野菜の類であるぞ。』
とございます。拝
マコトの日月之御民(大和心・大和実践)ならば食べ物は下記でございます。
『 日本には五穀、海のもの、野のもの、山のもの、皆人民の食ひて生くべき物、作らしてあるのぢゃぞ、日本人には肉類禁物ぢゃぞ。(ウメの巻 第十四帖)』
『四ツ足を食ってはならん(碧玉之巻第八帖)』
『日本には五穀、野菜、海、川、いくらも弥栄の食物あるぞ、人民の食物間違へるでないぞ(ソラの巻第十二帖 四六七)』
『獣の喰ひ物くふ時には一度神に献げてからにせよ、神から頂けよ、さうすれば神の喰べ物となって、何たべても大じょうぶになるのぞ、何もかも神に献げてからと申してあることの道理よく分りたであろがな(天つ巻第五帖 一一二)』
※追記: 乳酸菌等や霊肉うれしうれし身体にとって必要な栄養素もございます。思い込みとならず、マコトにうれしうれしサニワなさり、無理なくバランスよくうれしうれし御食べくださればと存じます。
ひふみの食べ方をうれしうれし御守り御用(実践)してくだされば幸いと存じます。拝
当御用は、霊的側面(霊の栄養)だけではなく「心の問題(霊肉の)」共感性の問題だとも存じます(御土からいただき共存し、我々は繋がり生かされている事を知り、その御恩に感謝する祈りに繋がるのではないでしょうか)。 また、水・食糧・エネルギー問題も含めまして他(他国・他人種・他民族)はどうなってもいいといふワレヨシや獣慾(獣の人民)を抑えられない人(慾を御心に沿いうれしうれし昇華できない人)、できる人とできない人に分かれる事も自覚してくだされば幸いと存じます(無論、神をマコトにマツル事ができる人、できない人にも分かれるのです)。
弥栄は“実践”でございます。 どこまでうれしうれしできるのか。 御神心を伝え霊肉御指導する御用をしておられる方々につきましては、世の実状・現状も踏まえてくださりまして、どのような所作を為さる事が必要(適当)なのかはハラで御知りくだってゐると存じます。拝
念のために打っておきますが無論、食べられるものがない環境・状況ならば、無理なく神に献げてからいただいてください(その人の置かれている環境等に、よりけりでございましょう)。
うれしうれし霊肉の為に御読みくだされば幸いと存じます(まずはひふみ神示を御拝読ください)。
『 喰うものがないと申して臣民不足申してゐるが、まだまだ少なくなりて、一時は喰う物も飲む物もなくなるのぞ、何事も行(ぎょう)であるから喜んで行して下されよ。滝に打たれ、蕎麦粉(そばこ)喰うて行者は行してゐるが、断食する行者もゐるが、今度の行は世界の臣民みな二度とない行であるから、厳しいのぞ、この行 出来る人と、よう我慢出来ない人とあるぞ、この行出来ねば灰にするより他ないのぞ、今度の御用に使ふ臣民はげしき行さして神うつるのぞ。今の神の力は何も出ては居らぬのぞ。この世のことは神と臣民と一つになりて出来ると申してあろがな、早く身魂みがいて下されよ。外国は、神の国はと申してあるが、は神ざ、は臣民ぞ、ばかりでも何も出来ぬ、ばかりでもこの世の事は何も成就せんのぞ、それで神かかれるやうに早う大洗濯して呉れと申してゐるのぞ、神急(せ)けるぞ、この御用大切ぞ、神かかれる肉体沢山要るのぞ。今度の行はを綺麗にする行ぞ、掃除出来た臣民から楽になるのぞ。どこに居りても掃除出来た臣民から、よき御用に使って、神から御礼申して、末代名の残る手柄立てさすぞ。神の臣民、掃除洗濯出来たらこの戦は勝つのぞ、今は一分もないぞ、一厘もないぞ、これで神国の民と申して威張ってゐるが、足許からビックリ箱があいて、四ツん這ひになっても助からぬことになるぞ、穴掘りて逃げても、土もぐってゐても灰になる身魂は灰ぞ、どこにゐても助ける臣民 行って助けるぞ、神が助けるのでないぞ、神助かるのぞ、臣民も神も一緒に助かるのぞ、この道理よく腹に入れて呉れよ、この道理分りたら神の仕組はだんだん分りて来て、何といふ有難い事かと心がいつも春になるぞ。八月の十四日の朝、のひつ九の。(富士の巻 第五帖)』
『臣民一日に二度食べるのざぞ、朝は日の神様に供へてから頂けよ、夜は月の神様に捧げてから頂けよ、それがまことの益人ぞ。十一月二十一日、一二。(日月の巻 第二十五帖)』
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